彼岸について


お彼岸の成り立ち
 お彼岸はいつ頃から始まったのか分かりませんが「源氏物語」の「行幸(みゆき)」の巻に「彼岸の初めにて、いとよき日なりにけり」と記され、また「蜻蛉(かげろう)日記」にも彼岸の記述があることから相当昔から、この行事が営まれていたと思われます。
 昭和二十三年、国民の祝日に関する法律が発せられ、春、秋の彼岸のお中日を「春分の日」「秋分の日」と定め、春分の日は「生き物をたたえ自然をいつくしむ日」、秋分の日は「先祖を敬い、亡くなった人をしのぶ日」と定義され今日に至っています。
 昭和二十三年頃は日本も今と違って子供が多く、新円の切替、衣服の配給、食糧の配給、学校でもズックの配給などあらゆる物に制限が掛けられ、台所を預かる主婦は大変だった時代です。配給が不十分のため品質が悪く、配給の糸で服やズックを毎晩のように修理した事を思い出します。
 栄養失調と云う言葉がはやったのもこの頃です。お米は一人者は何とか食べて行かれたようですが、平均六、七人家族では一ヶ月七合に満たない配給です。恐らく、日本人の半数以上がいずれ死ぬかと戦々恐々としたものです。その後米国からの食料援助もあり徐々に改善されました。
 昭和三十二年頃からと思います。所得倍増政策から日本列島改造、工業立国へと転換を遂げ、新幹線が開通し高速道路が出来、東京オリンピックが開催され日本は目を見張る経済成長を成し遂げました。
 お金が入ると人々は浮かれ、一億総タレントと云われるようになり、アイドルスターを誕生させ、Eメールやiモードが何とか云っていますが、さっぱり分からない今日この頃である。
 「物栄えて心が亡ぶ」といわれる今日、毎日のように犯罪の凶悪化や子供のいじめなど、世の中が何処まで落ちていくか日本が心配です。

 「今日彼岸 菩提の種を蒔く日かな」 芭蕉の句です

 お金お金で毎日生活している私たち。 
 毎日もだけれど老後をもっと心配する人たち。
 家庭の崩壊を心配する人たち
 今日の豊かさと引き替えに忘れてきている最大の幸せとは何かを家族と共に探し、私たちが眠りにつく時「いい人生だった、すばらしい家庭に恵まれ、悔いのない生き方が出来たのは御先祖様のおかげだ、皆のお陰だった、ありがとう。」と言えるようにしたいものです。
 彼岸にお寺とお墓に参り「じいちゃんばあちゃんはお前たちが生まれる時どんなに喜んだことか、大きくなって結婚をどんなに待っていたことか。」と子供や孫たちに話して聞かせたいものです。 



信仰の機織り 

   教えの縦糸 心に織れば
         結ぶご縁は横の糸

 お経といえば仏様の教えのこと、「経」という字を辞書で引くとケイ、キョウとあります。
 経とは「たて糸」という字で布を織る時、縦に引く糸のことです。地球儀で縦の線を経度といいます。横の線を緯度といいます。
このことから縦糸は常にまっすぐに通った道、即ち不変の道理という意味に転じ、教えをあらわす書物を「経〜キョウ」と呼ぶようになったのです。
 こう考えると仏様の教えは、宇宙に張りめぐらされた真理の縦糸、横糸を織り込むのは今生きている私たちではないかと考えさせられます。
 どんなよい真理でもそれを活用する人間がいなければ、この世にはあらわれません。
だから仏さまは、私達に信仰の機織りをしなさいと呼びかけているのではないでしょうか。



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